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空っぽな気:縁1
空っぽな気:縁2
空っぽな気:縁3
 この世にはいろんな「縁」がある。神や仏様がいるかどうかはわからないし、私はよく金縛りにあったり(最近またくるようになったし)、知らない人の声が聞こえたりしていたけれど、幽霊がいるかどうかはわからない。ただ言えることは、自分が体験したことはやっぱり事実だと思う。とっても怖いこともあったけれど、なんだか不思議とほっとするようなそんな体験もあった。

 私は感情の起伏がかなり危うく、できることなら一人でいたいと常に思ってしまう。少し前は、携帯を捨ててやりたくなった(笑)でも、こんな私がなんとかこうして生きていることはよく考えたら不思議なことだ。中高時代の恩人である保健室の先生は「今までよく自殺しなかったわね。」と時々言っていたし、医者からも「いつも極端な性格だね、生きるの辛いでしょう。」と言われていた。私はいつも死ぬことを考えていた。そして、死に直結はしなくても死に至る可能性のある行動は少なからず行っていたと思う。でも、こうして生きている。この世のすべてが運命によってあらかじめ決まっているなんて思わないけれど、なんだか些細な物事が大きな運命や流れを生むことはあると思う。シンクロニシティ的な。私は人生の節目にやっぱり目には見えないけれど誰かに守られてきたように思う。いつも一人だと感じていても守っていてくれる存在、いつも歯止めをかけてくれた存在がいてくれた気がする。そういうのも一つの「縁」だと最近よく感じる。私の勘違いかなぁ。
 友人も家族も親戚も本当にひょんな「縁」でこうして同じ世界で生きている。時々はいじけて、悲観するけれど「不幸」だと思えることもなにかの「縁」と思って前向きに向きあいたい。
 ということで...今日届いた映写機君と向き合わねばならないのです。彼はどうやらゴムのベルトが切れている。でも、さっき「絶対直してやる」と誓ったのです。こういう「もの」との出会いもなにかの縁。フィルムや8ミリ映像に興味を持ってから「もの」との出会いを大切なものに感じるようになった。新しいもの(特に一眼レフのデジカメ)にも興味は常にある。でも古いものとの出会いは本当に一期一会だと思う。昔、母の趣味で骨董市や骨董屋さん巡りをよく2人でしていた。その時もやっぱりそんな一期一会があった。その時であった食器たちのいくつかは私と一緒に上京し、残念なことに今日も洗われずキッチンで泣いている。さすがに洗おう...
















文=空っぽな気

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