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長谷川リョーの、むしろスリーコードだけでいい! 〜向田邦子〜
喫茶店や呑み屋で2人向かい合って話をしている場合、相手の頭の上に掛かっている絵がどうにも気になって話どころではなくなることがある。「あ、好きだな」とかそいう絵でなく、なんとなく状況と一致してしまっていたり、その場の雰囲気から浮いてしまっていたりする絵のことだ。

向田邦子の短編小説『胡桃の部屋』にこんな一場面がある。
父親が突然蒸発した娘桃子は父親の部下都築に相談を持ちかける。流行らない喫茶店に向かい合うと、桃子は都築から父親が若い女と同棲していることを知らされる。都築のうしろには複製された安手のルノワールの絵が掛けられている。描かれているころころ肥った若い女はルノワールの女中らしかった。胸元をはだけた女中の顔が桃子をぼんやりと見つめている。一瞬夢の中に引きずり込まれたような淡い錯覚に酔う。桃子はルノワールが後年女中を奥さんにした人だと思い返す。桃子は小さなおでん屋をやっているという父の愛人に絵の女を重ね、老画家ルノワールの禿げ頭に自分の父親をみる。話どころではなくなり桃子は都築に食い下がるように2人が同棲しているアパートへ連れて行ってと頼みこむ。

もう一つ趣は異なるが『隣の女』にはこんな場面がある。
2DKのつましいアパートで主婦サチ子はミシンを踏んでいる。サチ子の背には泰西名画が掛かっている。もちろん複製だ。名画の背後から激しい物音がする。隣の部屋で言い争う男と女の声が後に続く。
「ふざけるな」「ぶっ殺してやる」
泰西名画からこんな台詞が飛び出しているように描いているのが面白いが、一転して、
「ガラスあぶないでしょ」「ねえ、ガラスあぶない」「あぶない」「大丈夫だよ」「あぶないったら」「峰子」「ノブちゃん」
絵の背後の息づかいが喘ぎになりやがてかすかに名画が揺れはじめる。サチ子はミシンどころではなくなり、からだがほてり、隣の息づかいに自分の呼吸が合い始める。隣の女のせいではなくぼつぼつ気候が暑くなりはじめたせいだと思い込みたい。外のムッとした青臭さもなんとなく気まずく、曲がってもいない泰西名画を直したりして気を紛らわす。

アパートに詰寄った桃子は愛人を見て、ルノワールの絵の女のようでも、グラマーでも悪女でもなくて拍子抜けした瞬間背負い投げをくらわされたような気分になり、サチ子は泰西名画に聞き耳を立てるのが日課になってしまうし、隣の女の男に恋してニューヨークまで追って行ってしまう。向田作品はどこかかしらに壁に一点できてしまう染みのようなものがある。魅力ある作品はみすぼらしく狭い部屋で書かれている気もする。

そんなことを思ってか本屋でいつもはまったく気にも留めていなかった『向田邦子ふたたび』に目がいく。
所縁の写真、週刊誌の記事みたいなのをごちゃ混ぜに集めたその本を手にとって適当な頁を開けた。そこには革張りの優雅なソファーにドヤ顔で収まる向田邦子と我儘そうな愛猫マミオとチッキーが写っていた。そして頭上には女が2人寝そべって話をしている、なんともみすぼらしいタッチで描かれたドロ−イングが掛けられていて、僕はもう向田邦子どころではなくなり、いまだ誰のものかもわからぬその絵欲しさに導かれてレジへと一目散に駆ったのだ。


(タイトル:向田邦子の絵画感)

文=長谷川リョー



12.12/2 9:44
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